十年位前まで、当店ではどら焼きを作っていました。名前も「ふくしろ」と言いました。由来は、その餡に使う豆の名前です。「福白金時」という白豆を使って作った餡を、どら焼きの生地で挟んだものだったんです。
「福白金時」は非常にあくの強い豆でしたが、味の方はなかなかのものでした。その豆を使って作る「ふくしろ」も、美味しいと人気のあるお菓子だったんですが、当店では「ふくしろ」の生産を止めました。というのも、「福白金時」という豆自体が手に入りづらくなったからなんです。
毎年秋から冬にかけての季節に豆が収穫されそれが新豆として市場に出てきます。 ですから、秋から冬にかけての季節は、和菓子屋にとっても非常に気を揉む時期 なんです。
和菓子の基本は、なんと言っても餡にあります。良い餡を作るためには、当然です が良い豆が必要になってきます。餡や豆は、わりと年中見かけるものですので、何 時でも良いものが手に入ると思われがちです。しかし当然豆にも収穫の時期があります。そしてそれは秋から冬にかけての時期ですので、一年の全ての餡の良し悪し がこの時期に決まるといっても、過言ではありません。豆の出来が悪ければ、その 年は出来の悪い豆しか手に入らないことになるからです。
出来が悪いだけならまだしも、凶作の年になると、豆自体が少なくなり、値段が何倍 にも膨れ上がることになります。過去、小豆が赤いダイヤと呼ばれたのはこういった 理由からなのです。八年前の平成五年は、北海道産小豆(しょうず)が凶作の年でした。この時は値段が三倍にもなり、高いうえに数も少なく、大変だったのを良く覚 えています。
さてこの小豆ですが十月には収穫をはじめますので、十一月には当店でもすで餡となり、お菓子という形で店頭に並んでいます。小豆は皮が比較的硬いため、主にこ し餡の原料に使っているのですが、北海道産の小豆は源氏巻に、備中(岡山)産の赤小豆は鯉の里に使われます。
今年の北海道産小豆は、台風や初雪の時期が早かったりで、出来が悪いのではないかといわれていたのですが、昨年に比べて、三十キロあたりの値段が数千円しか違わないので、そこまで悪くはなかったようです。先ほども言いましたが、北海道 産の小豆は源氏巻の原料になります。一年を通して一番多く使う豆ですので、取り 合えず一安心したところです。
その北海道産小豆ですが、よく十勝、十勝と言われます。しかし当店ではなるべく旭 川の小豆を入れるようにして欲しいと問屋に頼んでいます。十勝の小豆も美味しい のですが、我々にとっては旭川の気候のほうが、より豆作りに適しており、小豆も美 味しいのではないか、と思うからです。
豆作りに適した気候とは、昼と夜の寒暖の差が激しい気候です。昼に暖められ、夜に冷やされる。それを繰り返して、美味しい豆が出来上がるのです。この気象条件 に当てはまる場所は、北海道の他に備中(岡山)や丹波(京都及び兵庫の一部)があります。特に丹波は豆の産地として広く知られており、丹波の黒豆といえば、皆さ んも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
丹波産の豆で特に和菓子屋と関係が深いのが大納言と呼ばれる豆です。この豆 は、粒が大きく、皮もやわらかいことから、よく粒餡の原料に使われます。豆の味を大切にする粒餡に使われるくらいですので、味の方も非常に良く、特に丹波産となると他の産地の大納言に比べ二倍以上の値がつくほどなんです。
この値段の高さには味の他に、収穫量も関係しています。品質も良く、さらに収穫 量も少ないために希少価値も一段と高くなるわけです。
当店でも美味しい物を作るため、出来るだけこの丹波大納言を使うようにしているのですが、この値段と収穫量の少なさでいつも悩まされるんです。というのも、たと え豆の値段が三倍でも、お菓子の値段まで三倍にするわけにはいきません。さらに、今年はこの値段でこれだけの量が手に入ったが、来年どうなるか、というのは 誰にも予想が出来ないのです。仮にある程度の収穫高があったとしても、問屋から入ってこなくなることもあり、我々のような小さな和菓子屋は気象、相場、に加えいろいろな条件に翻弄されることになります。
実際、数年前にこの丹波の大納言が問屋から全く入ってこなくなったことがありま す。この時は、備中の大納言を使い菓子を作り続けました。 しかし、冒頭の「ふくしろ」の時は、「福白金時」が手に入らなくなっても、他に手の打ち様がありませんでした。どんな理由であれ、お菓子を作れないのは職人に とって、非常につらいことです。特に、「ふくしろ」のような、皆さんに好まれているものだと、なおさらです。
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後日談になりますが、この記事を読んでくださった北海道の農業関係者の方が、メールを通じて連絡を下さり、その方の取り計らいで、福白金時豆を北海道から直接入荷できるようになりました。
そのお陰もあり、長い間作ることの出来なかった「ふくしろ」がもう一度店頭に並ぶようになりました。関係者の方々には本当に感謝しております。
本当に、ありがとうございました。